長崎平和祈念像が誕生した地~井の頭自然文化園~
井の頭恩賜公園はJR吉祥寺駅から徒歩5分、京王井の頭線の井の頭公園駅からは徒歩1分で到着する、都内近郊にお住まいの方にとっては比較的アクセスしやすい場所にあります。こちらの公園内に著名彫刻家の作品が保存・公開されていることをご存知でしょうか?
井の頭自然文化園と北村西望
井の頭恩賜公園にある井の頭自然文化園には「彫刻館A」「彫刻館B」という施設があり、日本の近代彫刻史に大きな影響を残した北村西望という彫刻家の作品が常時200点ほど展示されています。彼の代表作として広く知られているのは、やはり長崎の平和祈念像。こちらの彫刻館にはブロンズに置き換える前の平和祈念像の「実寸大石膏原型」が保存・公開されています。この原型は、彫刻館の隣にあるアトリエで制作されました。アトリエは現存されており、見学することが可能となっています。

彫刻館は、休日は賑わいますが、鑑賞しにくいという程ではありません。平日には落ち着いた雰囲気で作品を鑑賞することができます。
彫刻家人生の節目ともなった3体の彫刻作品
彫刻館A、Bそれぞれへと繋がる道で、まず鑑賞者の目に飛び込んでくるのは3体の野外彫刻。

こちらの<怒濤>は、1915年に制作され、文部省の美術展覧会(文展)で2等を受賞した作品。優秀だったものの、なかなか彫刻家としての日の目を見なかった西望は、この<怒濤>で受賞できなければ故郷に帰ろうと思っていたようです。

3体の中央に設置された<晩鐘>は、文部省の美術展覧会で、特選首席を獲得した作品。

こちらの<光に打たれる悪魔>も、先述した2点の作品と同様に彫刻家・北村西望の転機となった作品です。西望の方向性を決定づけた重要作品に出迎えられ、鑑賞気分が盛り上がりますね。どの作品も、しっかりと地を踏みしめて“2本の足で立つこと”を強く意識したような作品です。これは戦前・戦後の厳しい社会を生きた当時の人々を反映しているように思えます。
北村西望の彫刻
逞しい騎馬像や歴史人の彫像などで、力強い彫刻を多く手掛けた北村西望。男性像を目にする機会が多いかと思います。

実際には、そのような作品で高い評価を受けたのですが、子どもの作品には子どもの愛嬌・表情をよく捉えているものも多く、女性像は女性のもつ柔らかさ・瑞々しさ、男性とは異なる華奢な骨格も見事に制作され、類まれなる観察眼と高い造形力があった作家といえます。
平和祈念像のある彫刻館A
彫刻館Aでは、多数の作品とともに、1955年に完成した<平和祈念像>の石膏原型像が保存されています。こちらは、建物全体が撮影禁止となっています。
巨大な平和祈念像と対面!
本物の平和祈念像は、本当に驚くほど大きい…!
足の人差し指の爪が大人の握りこぶし大ほどあります。サイズはもちろんのこと、色味の影響なのか、別の場所で拝見した原型よりも体全体のボリューム感が感じられます。背面には、北村西望の残した「平和祈念像作者の言葉」が記されています。
2階から対峙する平和祈念像
平和祈念像の横に設置されている階段から2階に上ると、ちょうど像の顔を真正面から見据えることのできる場所にたどり着きます。筋骨隆々の体つきとは対照的に、表情は穏やかで、ある意味“無”の顔つき。いきり立つ様な激しさは微塵もありません。心から平和を願う作者の思いがみてとれます。
彫刻館Bは、終戦(1945年)までの作品を展示
彫刻館Bでは、終戦時期までの作品が展示されており、こちらもA館と同様に写真撮影は禁止となっています。作品を紹介しながら、北村西望の人生を辿るような構成となっていました。
序盤では、彫刻家を志すきっかけといわれる十代で手掛けた作品、欄間が展示されています。技術としては粗削りながらも、丁寧に、粘り強く制作に向かう心意気と美的感覚に優れたセンスが垣間見えます。
関東大震災の影響で、アトリエを再興することとなり、その資金繰りのために軍人や実業家の肖像彫刻を手掛けたこと。疎開先で石膏職人(粘土などの作品の原型からブロンズ等の作品に置き換えるために依頼する職人)を呼ぶことが難しくなり、後に彼の作品には欠かせない「石膏直付け法」が生み出されたエピソードなど、時代と作家が呼応するように、作品が誕生したことが分かりやすく解説されていました。
時代の流れに抗えず、押しつぶされてしまう作家は数えきれないほど存在すると思います。ただ、北村西望のように激動の中で自分の信念を貫き通し、素晴らしい作品を生み出す作家もいるのだと改めて感じました。そして、そのような作家たちが美術史の流れをつくっていくのでしょう。
実際に制作の場として使われていたアトリエ館
制作のために北村西望が使っていたアトリエ。
非常に高い天井と作品制作に使われていた大きな回転台は、彫刻作品が絵画とは異なり、実際に“3次元に立たせて成立させる”芸術なのだと気付きます。
石膏を削るための道具も展示されており、制作活動は、まさしく力仕事!
晩年まで制作を行っていたと伝えられる北村西望ですが、気力と体力には本当に驚きます。こちらの施設も、写真撮影禁止であったことが非常に残念。
点在する野外彫刻
彫刻館の展示室にある石膏で制作されていた作品たちは、同じ作品がブロンズに置き換えられて制作されていました。野外の作品は、長い年月雨風にさらされ、屋内のものとは全く違った表情をみせます。

公園内には彫刻館周辺だけでなく、あらゆる場所に30を超える彫刻作品が設置されています。

平和祈念像を制作するために、井の頭自然文化園の土地を借りた北村西望は、そこに建設したアトリエや作品を東京都に寄付しました。また、像の鋳造費用を親子三代で支払うことを考慮し、鋳造のための段取りを組んでいたという彼の意志からは、平和への強い祈りと妥協なき決意の表れだと思います。どうか、こちらの施設は未来へと引き継いでいって欲しいと思います。

平和祈念像や北村西望のアトリエを実際に見学できる貴重な施設。ぜひ、足を運んでみてください。
井の頭自然文化園
〒180-0005 東京都武蔵野市御殿山1-17-6
電話:0422-46-1100 9:30~17:00(月曜休)







