抽象画の歴史を塗り変える?「ヒルマ・アフ・クリント展」

 抽象画の先駆者といえば、美術愛好家の方ですとワシリー・カンディンスキーやピート・モンドリアンを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。しかし、彼らよりも先に抽象画を手掛けた“ヒルマ・アフ・クリント”という作家の存在が近年話題となっています。今回は、“ヒルマ・アフ・クリント”の絵画作品を鑑賞するために足を運びました。

東京国立近代美術館とヒルマ・アフ・クリント

 東京国立近代美術館といえば、日本で最初にオープンした国立の美術館で、社会的な文脈や国際的な視野も重要視しながら近代の美術を紹介しています。今回こちらでは企画展「ヒルマ・アフ・クリント展」が開催されています。彼女の大回顧展はアジアでは初の試みであり、2018年にグッゲンハイム美術館(ニューヨーク)で開催された際には、回顧展としては同館史上最多となる60万人を超える動員数を記録しました。世界が彼女に大注目していることは明白ですね。その大きな理由として、ヒルマ・アフ・クリントさんは、抽象画の巨匠・ワシリー・カンディンスキーよりも先に抽象画を描いていたことが挙げられるでしょう。彼女は遺族に対して、自分が亡き後も20年間は作品を公開しないように遺言を残したというエピソードもドラマチックです。

東京国立近代美術館入口

アカデミー時代と仕事としての絵画制作 

 ネットや広告で見かける彼女の抽象画作品にお目にかかる前に、アカデミー時代のデッサンや仕事として取り組んだ挿絵が第1章にて紹介されていました。その技術力の高いこと…!非常に優秀な成績で卒業したようです。アフ・クリントさんが過ごしていたスウェーデンでは女性のアーティストがまだまだ少なかった時代。

「てんとう虫のマリア」のためのスケッチ

ヒルマ・アフ・クリント/書籍「てんとう虫のマリア」のためのスケッチ/ヒルマ・アフ・クリント財団蔵#ヒルマ・アフ・クリント展

書籍のためのスケッチからは、丁寧に誠実に仕事に取り組む様子が伝わってきます。

スピリチュアリズムへの興味 

 アフ・クリントさんは十代の頃にスピリチュアリズム(心霊主義)に興味を持ち、やがて彼女の思想、作品制作に多大な影響を与えています。交霊術によるトランス状態で自動描画による記録としてドローイングが出来上がっていたそう。

原初の混沌、WU/薔薇シリーズ、グループ1

ヒルマ・アフ・クリント/原初の混沌、WU/薔薇シリーズ、グループ1/ヒルマ・アフ・クリント財団蔵#ヒルマ・アフ・クリント展

 彼女の作品が抽象画ではない、すなわち美術作品ではない。という意見もあります。なぜなら、彼女の作品は美術史に根差したコンセプトで制作されていない。という理由からです。例え新しい美術を創造するという目的のために制作された作品では無かったとしても…。それはこれまでの価値観。アフ・クリントさんの作品は“絵画”や“抽象”“コンセプト”といった枠に対して、再考するきっかけを与えてくれたような気がしてなりません。

特大サイズの絵画!10の最大物、グループⅣ

 今回特に心に響いた作品群です。照明を落とした部屋に巨大な作品がいくつも展示されていました。ベンチも用意され、鑑賞者は作品とじっくり向き合う時間が過ごせそうです。

10の最大物、グループIV/No.1幼年期

ヒルマ・アフ・クリント/10の最大物、グループIV/No.1幼年期/ヒルマ・アフ・クリント財団蔵#ヒルマ・アフ・クリント展

 幼年期・青年期・成人期・老年期と4つのステージが描かれています。こちらは幼年期のうちの1枚。みる人によってさまざまなイメージが思い浮かびそうですが、咲き乱れる花、奔放な線からは躍動感を感じます。

10の最大物、グループIV/No.9老年期

ヒルマ・アフ・クリント/10の最大物、グループIV/No.9老年期/ヒルマ・アフ・クリント財団蔵#ヒルマ・アフ・クリント展

 老年期のうちの1枚。幼年期と比べるとどこか穏やかで落ち着いています。私には楽園、パートナー、芽吹きといったイメージを持ちました。画像だと伝わりづらいのですが、一見軽やかに自由に筆を運んでいるようで、実際の作品は色彩をしっかりと確かめるようにキャンバスにのせている印象があります。テンペラという絵画技法が彼女の作風と素晴らしくマッチしています。

美しい白鳥シリーズ

アフ・クリントさんの作品を事前に拝見した中で、気になっていた白鳥をモチーフとしたシリーズ。

白鳥、SUWシリーズ

ヒルマ・アフ・クリント/白鳥、SUWシリーズ、グループIX:パートI/No.7/ヒルマ・アフ・クリント財団蔵#ヒルマ・アフ・クリント展

 複数の白鳥シリーズ作品が1部屋に展示されていました。白鳥というモチーフ、イメージから由来するのかどこか優雅さが漂います。しかし、どれも似たような構図や印象の作品はなく、発想の豊かさに感服です。

自然科学と精神世界 

 水彩絵具によって生まれた原子シリーズ。解説によると右下の正方形は物理的な原子とそのエネルギーを示し、左上方の正方形は霊的な原子とエネルギーを示すようです。

原子シリーズ、No.14

ヒルマ・アフ・クリント/原子シリーズ、No.14/ヒルマ・アフ・クリント財団蔵#ヒルマ・アフ・クリント展

 作品画面上には、原子の特性や人間の精神性などについて文章で書かれています。物理・科学というと精神世界や霊的なものとは遠い物事のように思えますが、物事の真理を追究する。という点では繋がりがあるのかもしれませんね。

晩年の作品 

 展覧会の最終章には、晩年の作品が紹介されていました。

ヒルマ・アフ・クリント/無題

ヒルマ・アフ・クリント/無題/ヒルマ・アフ・クリント財団蔵#ヒルマ・アフ・クリント展

 水彩による小サイズの作品が多く、かつての幾何学模様は画面からは少なくなり、柔らかい、素朴な雰囲気のドローイングが多かったように思います。晩年に入り、周囲の事物というよりも自らの感覚のままに筆を取っていったのだろうかと感じたのですが、この時期は自身の思想や作品を振り返り過去のメモやノートの編集作業に取り組んでいたようですので、異なる角度からこれまでの仕事を捉えなおす。という意味合いもあったのかもしれませんね。

関連資料と経歴 

 会場の最期を飾るのは、彼女の生涯を振り返る年表と関連資料でした。作家の詳細を知らず、作品を鑑賞すると作品のもつ純粋な素晴らしさを感じることができるという利点はありますが、好きな作品と出会ってしまった時には、その作者が気になってしまうことは至極自然のような気がします。特にアフ・クリントは精神世界への強い信念や探求心によって作品が誕生したようですから、彼女がどのような活動を行っていて、どのような人物と会っていたのかは興味が沸きます。彼女自身が自らの人生を語った言葉は少なくとも、人生観や人物像は見えてきますよね。

ヒルマ・アフ・クリント/祭壇画

ヒルマ・アフ・クリント/祭壇画、グループX/ヒルマ・アフ・クリント財団蔵#ヒルマ・アフ・クリント展

 平日の10:00過ぎに美術館会場に到着したのにも関わらず、会場内はかなり混んでいました。今回の展覧会がいかに注目されているのか、しみじみと実感しました。ぜひ、本物の作品を鑑賞してみたいと思っていたので、今回訪れたことができて本当に良かったです。やはり本物を見ておいてよかったと率直に思いました。印刷やPC画面からは伝わらない、誠実に慎重に、思い切りよく…!人生をかけて絵画に取り組んでいることが作品画面から伝わってきました。私にとっては美術史上の誰とも似ていない、彼女だからこそ成しえた仕事だと感じました。 

 美術愛好家であれば、きっと気になる彼女の作品。次回の作品鑑賞のチャンスはいつ訪れるか分かりません。ぜひ、足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

<ヒルマ・アフ・クリント展>

東京国立近代美術館
住所:〒102-8322 千代田区北の丸公園3-1
電話:050-5541-8600 (ハローダイヤル 9:00~20:00)
開催期間:2025年3月4日~6月15日
開館時間:10:00–17:00(金・土曜は10:00–20:00)
休館日:月曜日(祝休日は開館し翌平日休館)、展示替期間、年末年始
アクセス:<電車>
東京メトロ東西線「竹橋駅」 1b出口より徒歩3分
東京メトロ東西線・半蔵門線・都営新宿線「九段下駅」4番出口より徒歩15分
東京メトロ半蔵門線・都営新宿線・三田線「神保町駅」A1出口より徒歩15分
※足をお運びの際には事前にご確認ください。


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