埼玉県入間市にてへら竿など釣り具を譲っていただきました。

 長年、へらぶな釣りをご趣味にされていたそうで道具も相当力の入った物がそろっていました。さながらコレクションのような200本以上の浮き、そして竿など。お客様は竹竿が高く売れるんじゃないかとご期待されていましたが今回は実用的なカーボンロッドの方が高額査定となりました。

魁舟 先ぬけ 不知火

写真はシマノの先ぬけや魁舟、征興の不知火など。釣り具だけでもかなりの量でしたがその他、掛軸、奥様のお着物、買うのが好きでつい集まってしまったと言う煎茶器を山ほど譲って頂き、9月の終わりですが汗だくになりながらの積み込み作業となりました。それでも真夏に比べれば随分と楽な季節になりましたね。

物置や倉庫整理をされる方も増えてきたのか当店でも整理にともなう買取り依頼が増えて参りました。年末にかけてより一層整理などされる方も増えるかと思いますが、その際にはもう使わないからと捨ててしまう前に是非当店にご一報下さい。お問い合わせ、心よりお待ち致しております。

東京都中野区にて勲章(瑞宝単光章)など買取させていただきました。

 遺品の整理をされているとの事でお声かけ頂きました。買える物、引き取り可能な物があればお願いしますとのことでしたのでお客様と共にお家の中をくまなく見せて頂きました。玄関に飾られていた木版画から始まり石の置物、リビングのサイドボード内の古酒を10本ほど、そして写真の勲章、銀盃(純銀製)などの記念品、お二階のお部屋からブランドバックなど上げるとキリがありませんが多種多様なお品物を買取させていただきました。

勲章 瑞宝章 単光章
瑞宝単光章

今回の勲章はさほど古くない事もあり勲記と共に額装され、共箱も別途大切に保管されており完璧な状態でした。お客様には「そんな物まで売れるの?!」と言われてしまいましたが当店からするとこちらが本日一番、値の付けられる物でした。

 お声かけありがとう御座いました。

神奈川県相模原市にて益子焼花瓶(浜田庄司)などをお売り頂きました。

 遺品の整理のためお声かけ頂きました。コレクションされていたわけではないそうですが益子焼がお好きだったようで益子焼の花器や器が多数ありました。無名から有名作家までさまざまありましたがやはりこの方、人間国宝浜田庄司の掛分耳付花瓶は大切に飾られておりました。

浜田庄司 耳付花瓶

浜田庄司 略歴
1894年 神奈川県で生まれる。
1913年 東京府立一中を卒業後、東京高等工業学校窯業科に入学し板谷波山に学ぶ。
1916年 卒業後、京都陶磁器試験場に入り、河井寛次郎と共に釉薬の研究にあたる。
1920年 帰国するバーナード・リーチに同行し英国へ渡り、同氏と共同し築窯、作陶する。
1923年 ロンドンにて個展を開催し、成功を収める。
1924年 帰国、しばらくは沖縄の壷屋窯などで学ぶ。
1926年 日本民藝美術館設立趣意書の起草に参加する。
1930年 かてより関心を寄せていた益子焼の産地、栃木県益子に移住し作陶を開始する。
1955年 民芸陶器にて重要無形文化財(人間国宝)に認定される。
1961年 柳宗悦の没後、日本民藝館の第二館長に就任する。
1964年 紫綬褒章を受章する。
1968年 文化勲章を受章する。
1977年 自ら蒐集した国内外の民芸品を展示した益子参考館を開館する。
1978年 死去。享年83歳。

沢山の名品をお売り頂きありがとう御座いました。

東京都西東京市にてウクレレ(カマカ)等を買い取り致しました。

 ご不用になられた家具類のお見積りでお伺いした際、その棚にそっと置かれていたのがこちらのウクレレ、Kamakaのゴールドラベルと呼ばれるものです。おそらく40~50年前、1960年代に造られたものだと思われます。トップに少し痛みが御座いますが演奏に問題はありませんでした。

カマカ ウクレレ

お値段を提示すると、なんでこっちの家具の方が安いのよ!と、、、仰るとおりで御座います。どんなに良いお品物でも需要が無ければ値段はつきませんが、大型家具に関しましては特に売れ筋の物以外は二束三文のような価格になってしまう事が御座います。大変恐縮ではありますが現在の相場などをご説明して最終的にはご納得頂き(?)全て買い取りさせて頂きました。

出来るだけお客様のご希望に沿えるよう、当店の方も努力が必要だと痛感した次第です。

本日はご指名頂きありがとう御座いました!

東京都北区にてスピーカー(JBL4333)をお譲り頂きました。

 JBL4343や4344に比べあまり見る事の少ない機種ですが4333をお譲り頂きました。ウレタンエッジは加水分解によりボロボロですがその他は問題ありません。エッジを張り替えてもう一度鳴らそうと思いながら10年ほど保有するも、お引越先に置く場所が無いとの事で泣く泣く手放すことになったそうです。

JBL スピーカー 4333

他にもヤマハGT-2000XやラックスマンL-570など名器と呼ばれる機器をお使いでしたがこちらは絶対に手放さないとの事で今回はスピーカーのみお譲り頂きました。最後に頂いた「宜しく頼むよ」とのお言葉が心に残る買取りでした。エッジを張り替えた後に次のユーザー様の下で10年、20年と音楽を奏でることになるかと思います。

当店をご指名頂き誠にありがとう御座いました!

東京都八王子市にて風景画(嶋津俊則)など油絵を買取りさせて頂きました。

 お引越しに伴う整理でお声かけ頂きました。古い家具や押し入れに仕舞ったままの贈答品などが大量にあるとの事でお伺い致しましたが恐縮ながら家具で買取査定の付く物は御座いませんでした。ギフトは古いながらブランドの洋食器やタオル、シーツなどシミなども無かったので買取りさせて頂きました。ギフト類を押し入れから運び出していると奥から出てきたのが額装された写真の絵画数点。

油絵 色紙

その中の1点が査定の付く画家さんの風景画でした。家具はどれも査定が付きませんでしたしギフト類は量の割に金額が付かないので恐縮しながらの運び出し作業でしたがこちらで挽回でき内心ホッと致しました。ありがとう御座いました。

嶋津俊則 油絵
嶋津俊則(1941~)

略歴紹介
1941年 大阪に生れる。
1967年 関西美術研究所に学び、鈴木博尊に師事。
          二元展に出品、以降同展に毎回出品。
1968年 二元展、読売新聞社賞受賞。
          以後、努力賞・二元会賞・パリ賞・20回記念大賞受賞。
1974年 フランス遊学。以後渡欧15回。
1975年 フランス、ル・サロン銀賞受賞。
1977年 二元展で文部大臣奨励賞受賞。
1983年 長野県佐久市近代美術館に作品収蔵「断崖の集落」。
          二元展総理大臣賞受賞。
          フランスでナショナルボザール入選。
1987年 長野県佐久市近代美術館に作品収蔵「古城と集落」。
      現在、二元会会長、日本美術家連盟会員。

埼玉県新座市にて大量の切手コレクションを買い受け致しました。

 当店からほど近い埼玉県新座市にてお父様が収集されたと言う切手を大量に買い受け致しました。残念ながら昭和40年頃以降の物が殆どでプレミアの付く物は無く、額面に対しての買取になってしまいましたが、量が多く額面にして100万円近かったので目一杯頑張らせて頂きました。

記念切手 シート

当店では最近の記念切手は額面に対する査定になってしまいますが有名な見返り美人や月に雁などまだまだプレミアの付く物も御座います。また、明治以降の郵政資料(軍事郵便、古書簡、エンタイヤ、戦前の絵葉書)なども高価買取致します。そして、現在驚くような査定が付くのが中国切手です。こちらは中国の好景気の続く今が売り時かも知れません。押し入れやタンスに眠らせている切手類が御座いましたら是非当店にお声かけ下さい。

リピーター様より象牙一本物を譲っていただきました。

 以前に作家物の陶磁器や掛け軸などを譲って頂いた際に一度見せて頂いていたのですがその時点では登録票が無く買い取りが出来ませんでした。その後、当店にて登録のお手伝いをさせて頂き無事登録が取れたとの事で本日買い受けさせて頂きました次第です。

 象牙 一本物

こちらは8kgある立派な象牙に彫刻が施された物になります。無垢の一本物、彫刻入った物など牙の姿を残している物は登録が無いと売買、及び譲渡が禁じられております。規制される前に入手され所有されている分には何も問題ありません。手放す前に登録する必要がありますのでそれだけご注意下さい。なお、登録は簡単な手続きで可能です。当店でもお手伝いさせて頂きますので登録の無い象牙でもお気軽にお問い合わせください。

ちなみに、根付や印材、仏像などに加工されている象牙製品は登録の無い物でもそのまま買取が可能です。

埼玉県所沢市にて大工道具を買い取りさせて頂きました。

 引退された大工さんの作業場の片付けにともないご依頼頂きました。現役最後までお使いだった電動工具やエアツール類は同僚の方々に譲られたとの事で残っている工具の殆どは10、15年以上前のモデルでした。ただ、お客様が、こっちのは殆ど使ってないけど好きで買い集めたもんだ、と言いながら出された手工具は黒檀の柄のノミや千代鶴の鉋など中々の道具類でした。

黒檀柄鑿、ノミ

作業場を空にしたいとのご希望でしたので買取出来る物は買い取り、お引き取りしてリサイクル可能な物はお引き取り、最終的に残った廃棄物は当店提携の産廃業者に収集を委託し全て空になるまで整理致しました。旦那様は空になった作業場を前に少し寂しそうでしたが奥様にはスッキリしたと喜んで頂けたようです。

ご依頼、ありがとう御座いました。

東京都練馬区にて清代の堆朱蓋物を買取させて頂きました。

 練馬区のお客様よりお引越し前の整理にともないお声かけ頂きました。お電話ではお人形、家具、その他「ガラクタ」が大量にあるとの事でした。当店では買い取りは難しいかも知れないと思いましたがお近くでしたのでとにかく一度お伺い致します、と言う事でお伺い致しました。

中国骨董 堆朱 盒子

アナタが持っていかない物は捨てちゃうから値段付かなくても持っていける物は持って行って、とのお言葉から始まりましたが、一番初めに目に飛び込んできた物が床の間に飾られていたこちらの蓋物。。。お客様が買い取り対象とお考えだった新しめの家具は恐縮ながら査定が付けられませんでしたが逆にお客様が「ガラクタ」と仰っていた物は殆ど査定が付くお宝でした。

こんな物は駄目だろうと思っても一度当店にお問い合わせください。骨董、古美術品で無くても大丈夫です。どんな物でも次に需要のある物でしたら精神誠意対応させて頂きます。

(お品物、お住まいによっては出張でのお見積りが出来ない場合も御座いますのでご了承下さい。)

東京都世田谷区にて一円銀貨など古銭をお売り頂きました。

 解体前の整理との事で、江戸時代の一分銀、一朱銀や一円銀貨などの古銭、また昭和に入ってからの記念硬貨、トラック1台分の贈答品をお売り頂きました。記念硬貨に関しては残念ながらプレミア物は無く額面での引き取りになってしまいました。

ちなみに古銭は「あるがまま」にが基本です。汚いから、錆びているからといって磨いたりせずそのままの状態でお持ち下さい(下手に手を加えると価値が下がってしまいます)。昭和の記念硬貨は一部の金貨を覗き殆どが額面の価値になってしまい当店ではその他にお取引きがある場合のみ額面にて引き取りさせて頂いています。

一分銀、一朱銀、一円銀貨

贈答品の方は数十年?倉庫に詰め込まれそのまま眠っていた物でお客様もまさか買い取りの対象とは思ってなかったと驚かれ、査定額は外箱の汚れだけでなく中にもシミなど出てしまっていたため僅かな額でしたが喜んで頂けたようで何よりです。

ありがとう御座いました!

埼玉県所沢市にてアンティークな金無垢懐中時計を譲っていただきました。

 

 すでに100年は経っていると思われる英国製の18金の懐中時計です。
時計についている鎖も刻印はありませんがその重みから金である事は明白です。
こちら、当店では時計は時計としての価値で買取、鎖は重さでの査定となりました。
(鎖は比重を測り品位を割り出して査定致します)。

18金 懐中時計

当店では金製品だからと言って何でも重さで査定するのでは無く、仏像や銀瓶、
金瓶などは地金の価値に美術品としての価値を加味し、査定します。その日の
相場が純金1g=4,500円であっても美術品でしたら重さ換算で1g=6,000円の
査定となる事もよくあります。

金やプラチナの相場が上がるにつれ、何でもかんでも溶かされてしまう事が
多くなっているようですが、(その方が高いのですから致し方ないのかも知れま
せん)それでも、当店はその物を作った職人さん、そして今まで受け継いで来た
方々の思いを大切に、出来るだけその姿で次の方にお渡し出来ればと日々
精進しております。

琥珀 指輪

上のような古いデザインの指輪など御座いましたら是非当店にご相談下さい。
地金の価値以上の査定が付くかもしれません!

埼玉県川越市にてお茶道具を買い取りさせて頂きました

 埼玉県川越市のお客様よりご遺品の整理に伴い風炉釜、茶掛け、茶碗、香合などお茶道具を買い取りさせて頂きました。大半は形見分けされて良い物は残っていないけど故人を偲ぶと出来るだけ捨てたくない、兎に角、持って行ける物があればお願い、とお客様。

じっくりお時間をかけて隈なく見せて頂きました。本日は昨日と打って変わって涼しかったのですが作業を始めると直ぐに流れ落ちる汗。まだまだ夏ですね。家屋内ではお着物、物置の奥からは表題の茶道具が色々と出て参りました。

風炉釜や茶碗、香合など茶道具の山

もちろん、当店で販売できるお品物でしたので買取させて頂きました。まだこんなにお金になる物があるとは思わなかった、と、お客様にも喜んで頂き、私も汗だくになったかいがありました!

誠にありがとう御座いました。

 

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