麻生区にて解体にともないご不用になった古い物を買取りさせて頂きました。

 ご実家解体にともないお声掛け頂きました。どのような物が売れてどのような物が売れないのか良くわからないとの事でしたので、お客様と共に各お部屋を周り2時間ほどかけて弊社で買い取り可能なお品物をピックアップさせて頂きました。出来るだけ古い箪笥などの家具類を、と言うご希望でしたが力不足にて査定が付けられたのは無垢材の本棚1つに小引出しなど小ぶりな家具のみ。。。

白珊瑚原木 茶道具 木版画

その他は以上の写真の通り。茶道具、中国の墨、白珊瑚の置物、いぶし銀の湯沸し、日本軍の双眼鏡、竹の花籠などなど。量としてはお茶関係のお品物が多かったです。そして左下に丸まって見える紙は、、、

土屋光逸 木版画

昭和の初めに摺られた土屋光逸の木版画や、、、

大野麦風 木版画 鶯

魚の版画で人気の大野麦風の雪梅に鶯の図。家具以外は何も無いかも知れないと仰っていましたが色々と御座いました(´▽`)お声掛け頂きありがとう御座いました!

神奈川県葉山町のお客様より着物、掛軸、お茶道具、中国のお土産などをお譲り頂きました。

 ご実家の解体前に買える物があればお願いしますとのご依頼を頂きました。壊すには勿体無いようなお茶室のある建物。残念ながらお電話で沢山あるとお伺いしていた「中国の骨董品」はどれも70年代頃のお土産品。それでも荷物が多く、買取り可能なものをピックアップしながら査定するだけで2時間以上。金井宗南の鬼面風炉釜、茶箱、竹籠、茶掛けなどのお茶道具をはじめ贈答品、記念品、置物等々、、、

金井宗南 風炉釜

アンティーク 着物

着物だけでもこの写真の倍ほど(;^_^A。リサイクル着物と言うような新しいお着物は貰い手がいらしたようで殆ど御座いませんでしたが先々代の物だろうと思われるアンティークな着物が大量に!!お客様にもお手伝い頂き何とか積み込み完了です(;´Д`)

御用命頂きありがとう御座いました!

川崎市の骨董品・古道具・古美術品の買取

神奈川県川崎市で骨董品買取・古美術品・古道具の買取りをするなら「やましょう」へ!遺品整理や相続で受け継いだ品の整理、引越し時の荷物整理の際にお声がけ下さい。一見古いだけに見える品でも価値がある場合も!まずはお問合わせ下さい。

鎌倉市の古道具・骨董品・古美術品の買取

神奈川県鎌倉市で古道具・古美術品・骨董品の買取にお伺い致します。他社の見積り額にご不満の場合は当店にご相談下さい。鑑定歴の長いスタッフが的確な査定を致します。遺品整理時にもお声掛け下さい。

川崎市中原区のお客様より櫃田伸也の油絵などの小ぶりな絵画、リトグラフをお売り頂きました。

 中原区小杉町のお客様よりお引越し前の片付けでお電話頂きました。個展や各地を回ったさいに窯元などでお求めになられたと言う現代画家の絵画や木彫り彫刻、新作陶磁器など30点ほど、本当は手放したくないから「出来るだけ高く」、と言うご要望(^_^;)写真はその際に買取りさせて頂きました櫃田伸也の油絵。

 櫃田伸也 油絵

櫃田伸也は愛知県立芸術大学や東京芸術大学で教鞭をとり、世界で活躍するアーティストの奈良美智、小林孝亘、杉戸洋、村瀬恭子、加藤美佳などを教え子に抱える教師であり、自身も独創的な風景画を描く画家で1985年の安井賞の受賞をはじめ多数の受賞歴がある。

油絵いろいろ

絵画類は販売しやすいF4号前後の小ぶりな作品が多かったです(^-^)

お声掛け頂きありがとう御座いました!

神奈川県鎌倉市のお客様より上田照房の鉄瓶や掛軸、軍刀などを買取りさせて頂きました。

 鎌倉市のお客様よりご実家の片付けにともないお声掛け頂きました。軍刀をはじめ、とにかく古い物が色々あるから、と言う事でお伺いさせて頂きました。紫檀の座卓や茶道具、古い墨に硯、鉄瓶、掛け軸、明治時代の雛人形などを買い取りさせて頂きました。

龍文堂 宝袋形 煎茶器 急須

蝋型鋳造によるとても凝った作りの鉄瓶。明治期に活躍した上田照房の作、大変古いお品物ですが錆も少なく良い状態でした。持ち手には銀象嵌も。

持ち手 銀象嵌鉄瓶

お客様も私も軍刀がメインと考えておりましたが実際はいわゆるサーベル(指揮刀)でして状態の悪さもありお客様のご期待に叶う査定が付けられず(;^_^A。ですが、上記の鉄瓶などが出て来たおかげでなんとかその穴を埋め、全てお売り頂くことが出来ました。

サーベル

お声掛け頂きありがとう御座いました!

横浜市中区にて水屋たんす、桐箪笥、茶道具、着物などの買取りでした。

 遺品整理にともなって買い取りのご依頼です。水屋箪笥、桐たんすなどの家具をはじめ茶道具などが沢山あるとお聞きしていたものの、到着後荷物の量を拝見して後ずさり、、、朝飯を肉まん1つで済ませたことを後悔(汗)。ともあれ物量=仕事量。「お宝掘り出して一発大儲け!」のような業種と思われがちな古物商ですが意外と薄利多売が実状ですので嬉しい悲鳴です。

タンス 桐箪笥 たんす

楢材無垢の立派な水屋。そして桐だんすも総桐が二棹。その他火鉢や家具、大きめの茶道具(喫架や茶棚、野点傘など)だけの買取だったとしてもトラック1台分になりそうでしたが更にその中にお茶道具や着物がぎっしり、、、気合を入れて片っ端から査定をつけます。

箪笥内の茶道具

開けて閉めて開けて閉めて開けて閉めて・・・。押入れ、天袋、納戸など。一通りの道具を見たころにはとっくに昼過ぎ。昼休みを挟んで続きです。

掛軸 茶掛 色紙 買い取りした茶道具の山

掛軸や色紙など、開いて巻いて開いて巻いて開いて巻いて・・・査定でほぼ丸一日かかってしまいました。そして、積み込み!2トントラック+バンでなんとか収まりました。物量、買入金額ともにかなりのボリューム。当店をご指名頂き誠にありがとう御座いました!

箱の写真だけでは色気が無いので最後に一つ、、、

茶入 ナツメ

師池一貴作、鵬雲斎書付山水蒔絵大棗。美しいですね~(´ー`)

横浜市の古道具・骨董品・古美術品の買取

家の建て替えや遺品整理等で処分に困っている品はありませんか?「やましょう」が神奈川県横浜市まで古美術品・古道具・骨董品の買取にお伺い致します。昔懐かしい玩具やヴィンテージオーディオ、貴金属なども取り扱っております。

相模原市の骨董品・古道具・古美術品の買取

ご自宅に作家や年代など詳しいことが分からない、価値があるかわからない品ございませんか?骨董品買取り専門店「やましょう」では、神奈川県相模原市で古美術品・古道具・骨董品などを積極的に買取致しております。出張費無料でお伺い致します。

神奈川県相模原市にて銀製カトラリー(CARRS)を買い受け致しました。

 相模原市のお客様より英国カーズ社の純銀製のカトラリーセット、バカラの置物、ミンクのコートなどを買取させて頂きましたイギリスに住んでいた時に購入されホームパーティーなどでお使いになっていたそうですが帰国後、これだけのセットは使用する機会が無くなったので当店にお声掛け頂いたそうです。

CARRS 純銀製

フィッシュナイフからティースプーンまで入ったフルセットで全てにホールマークが入っております。

ホールマーク

こちらはメーカーズマーク、スタンダードマーク、タウンマーク、デイトレターと並んでおります。手元の資料を元に読むと、メーカー:カーズ、検定所:シェフィールド、素材:スターリングシルバー、製造年:1995年と言う事が分かります。現在は任意になっているそうですがイギリスのホールマークには700年以上の歴史があり、制度として確立されているので、100年以上前の物であってもその製品がいつ、誰が造ったどんな品質の物か分かるようになっています。単に銀食器として見るだけでなくいつ、誰が造ったのかそのモノの歴史に想いを馳せるのも楽しいですね。

お声掛け頂きありがとう御座いました!

神奈川県横浜市のお客様より日本刀など譲っていただきました。

 横浜市のお客様より日本刀、古い煎茶器、銀盃などを譲っていただきました。刃長70㎝程の太刀で白鞘と黒塗の拵えが付いておりました。特別貴重刀剣の認定書が付いていましたのでお客様はおそらく100万円近くで買われたものだろうと、、、しかしながら現在ではその10分の1で売れるかどうか。これは難しい交渉になるなと思いながら検品させて頂くと切先から三つ頭の辺りまで磨き傷が御座いました。。。

備前国下坂

仕方なしに現状を説明し買取価格を申し上げると、、、やはりご希望の価格に届いていないとのこと。その後、茶器や銀盃等色々と出して頂き、刀の方もある程度まで詰め、全て譲っていただきました。最終的にお客様にも100%ご満足頂けなかったかも知れませんし、当店としてもかなり厳しい買取りでした。

昔は昔、今は今と言いますが帰り道ラジオを聴きながら景気回復を切に願うワタクでありました。ともあれ、品物が無いと始まらないのがこの商売です。厳しくても譲っていただけることに感謝です。ありがとう御座いました。

神奈川県相模原市にて益子焼花瓶(浜田庄司)などをお売り頂きました。

 遺品の整理のためお声かけ頂きました。コレクションされていたわけではないそうですが益子焼がお好きだったようで益子焼の花器や器が多数ありました。無名から有名作家までさまざまありましたがやはりこの方、人間国宝浜田庄司の掛分耳付花瓶は大切に飾られておりました。

浜田庄司 耳付花瓶

浜田庄司 略歴
1894年 神奈川県で生まれる。
1913年 東京府立一中を卒業後、東京高等工業学校窯業科に入学し板谷波山に学ぶ。
1916年 卒業後、京都陶磁器試験場に入り、河井寛次郎と共に釉薬の研究にあたる。
1920年 帰国するバーナード・リーチに同行し英国へ渡り、同氏と共同し築窯、作陶する。
1923年 ロンドンにて個展を開催し、成功を収める。
1924年 帰国、しばらくは沖縄の壷屋窯などで学ぶ。
1926年 日本民藝美術館設立趣意書の起草に参加する。
1930年 かてより関心を寄せていた益子焼の産地、栃木県益子に移住し作陶を開始する。
1955年 民芸陶器にて重要無形文化財(人間国宝)に認定される。
1961年 柳宗悦の没後、日本民藝館の第二館長に就任する。
1964年 紫綬褒章を受章する。
1968年 文化勲章を受章する。
1977年 自ら蒐集した国内外の民芸品を展示した益子参考館を開館する。
1978年 死去。享年83歳。

沢山の名品をお売り頂きありがとう御座いました。