新宿にて買取させて頂きました中里重利の大きな壷です。

 新宿にて遺品整理にともない茶道具などと共に買取りさせて頂きました唐津焼の人気作家(物故)、中里重利の耳付の大壷です。出品作でしょうか。氏の作品ではあまり見かけない雰囲気をもつ草花紋の大作でした。

叩き唐津

中里重利は唐津焼の重要無形文化財保持者(人間国宝)である十二代中里太郎右衛門氏(中里無庵)の三男で十三代太郎右衛門の弟、当代である十四代の叔父にあたります。父、無庵が復元に成功した古唐津の技法を踏襲しつつ、独自の境地を確立し特に茶陶に関しては人気の高い、唐津焼を代表する陶芸家の一人でした(2015年84歳没)。

素晴らしいお品物をお売り頂きありがとう御座いました!

渋谷区上原にて銅の湯沸し、レリーフ、花瓶など鍛金作家の作品などを買取させて頂きました。

 渋谷区のお客様より遺品の片付けにともないお声掛け頂きました。作家さんたちと交流があったそうで山下恒雄、鈴木治平、石川充宏などの鍛金・鎚金の作品や絵画、掛軸、茶道具、火鉢などをお譲り頂きました。

銅鍛金 湯沸かし

素敵な一輪挿しやレリーフなど色々と御座いましたが意外と銅のヤカンのような実用性のあるお品物の方が売り易いため値段も付けやすいですね。写真ではあまり見えませんが鎚目が綺麗に入っておりズシリと重たく手作り感がなんとも言えない湯沸です。

鍛金 彫金 鎚金 銅器 純銀 水滴 鍛金

殆どは銅の作品でしたが中には純銀で作られた可愛い水滴も。金属板から打ち出したと思うと驚きですね。何回、何万回叩いて作られたのでしょうか。。。

お声掛け頂きありがとう御座いました!

神奈川県鎌倉市のお客様より上田照房の鉄瓶や掛軸、軍刀などを買取りさせて頂きました。

 鎌倉市のお客様よりご実家の片付けにともないお声掛け頂きました。軍刀をはじめ、とにかく古い物が色々あるから、と言う事でお伺いさせて頂きました。紫檀の座卓や茶道具、古い墨に硯、鉄瓶、掛け軸、明治時代の雛人形などを買い取りさせて頂きました。

龍文堂 宝袋形 煎茶器 急須

蝋型鋳造によるとても凝った作りの鉄瓶。明治期に活躍した上田照房の作、大変古いお品物ですが錆も少なく良い状態でした。持ち手には銀象嵌も。

持ち手 銀象嵌鉄瓶

お客様も私も軍刀がメインと考えておりましたが実際はいわゆるサーベル(指揮刀)でして状態の悪さもありお客様のご期待に叶う査定が付けられず(;^_^A。ですが、上記の鉄瓶などが出て来たおかげでなんとかその穴を埋め、全てお売り頂くことが出来ました。

サーベル

お声掛け頂きありがとう御座いました!

千代田区六番町のお客様より掛け軸や壺、日本刀など遺品買取りのご依頼を頂きました。

 東京都千代田区のお客様より遺品整理に伴いお声かけ頂きました。贈答品や着物など最近の物から昔からご自宅にあったと言う掛軸や壺、日本刀、紫檀(紅木)の台など色々と買い取りさせて頂きました。

宮川香山 壷 花瓶

なかでもこちら、真葛香山(宮川香山)の花瓶はお爺様が大切にされていたそうで戦時中は庭の土中に埋めてその戦火から難を逃れたとのこと。そんな花瓶に対する強い思いをお聞きしてついつい高く買取りし過ぎてしまうと言うミスを、、、(^-^; 実際、素晴らしいお品物ですが。

その他、ざっくりとした写真ですが。。。

火鉢 日本刀 掛け軸など 紅木 花台 森田恒友 掛け軸

瀬戸火鉢やガラスケースに入った小さな赤珊瑚、ギフトなど。掛け軸は人物が可愛らしい森田恒友の雪景色や政治家の書軸などでした。

森田恒友 人物

おじいちゃん、、、雪、やまないねぇ。。。

お声かけ頂きありがとう御座いました!

東京都杉並区にて13代柿右衛門の酒器や花瓶、壷など贈答品を買い取り致しました。

 杉並区今川のお客様より屋根裏の整理に伴いお声掛け頂きました。一度上げてしまうとそのままになってしまう事が多いのが屋根裏収納ですね。今回は十年以上ぶりに片付けると言うことでした。陶磁器などの贈答品、絵画(額)、着物などをはじめこれはどうやって上げたんだろう?とお客様ご自身も頭にハテナマークを浮かべていらした木製の本棚などを買取りさせて頂きました。

十三代 柿文

写真は十三代酒井田柿右衛門の酒器揃、染錦柿文。頂いて屋根裏にしまって今回初めて中をご覧になったとの事です。当店では今回買い取りさせて頂いたような使って楽しめる作家物陶磁器を探しております。仕舞い込んだままの焼き物など御座いましたら是非お声掛け下さい。

お声掛け頂きありがとう御座いました!

埼玉県川越市にて壷や花瓶、徳利などをお売り頂きました。

 埼玉県川越市のお客様より引っ越しに伴いお声掛け頂きました。殆どはしっかりした桐箱に入った近年の作家物の陶磁器。壷や花瓶、酒器などなど。旅行先で見るとは欲しくなり買い集めたそうです。今回、お引っ越し先に持ち込み切れないためお気に入り数点を除き出番のなかった物はすべて買取りさせて頂きました。

備前の花瓶、壷など

特に古い物でも無く、さほど値の付く作家の作品でも無く、、、査定額に少しひかれてしまいましたが心苦しくも現在の古物相場に合わせると目一杯でして。。。私としては一番大きな壷(写真に写っている壷ではありません)は100万円で購入されたと言うお話にびっくり、、、

陶芸家の方が100万円と付けて確かに100万円で売れたのですから値段として間違ってはいなかったわけで、、、当店では相場に合わせてしか買えないのですがそれは企業努力が足りないのかな?!かと言って他店では5万円で売っている物に当店だけ10万円とは付けられませんし、、、でも10万円で買う方がいれば10万円の価値があったわけで、、、う~ん。。。古物の相場って、、、?!?!などと悩みながらの帰路となりました(*_*)

ともあれ、最後はスッキリして良かったとのお言葉を頂き一安心。
お声掛け頂き誠にありがとう御座いました!

東京都狛江市のリフォーム業者様より七宝花瓶や壷、油絵などを買受け致しました。

 リフォーム前の片付けの際に施主様より頂いた物があるので買って欲しいとのことでお電話頂きました。頂いたは良いけどあまり興味が無く、持ち帰ると奥様に叱られるとか(笑)。そんな時こそ我々古物商の出番ですね(?)

純銀覆輪 四君子

量はそこそこあったのですが1点で査定が付けられたのはこちら、安藤七宝製の花瓶。箱はありませんが傷無く良好。口と底の縁金具は純銀製。綺麗ですね。。。

七宝花瓶 底面

「純銀」の刻印と中央に安藤七宝店のマーク。安藤七宝店は明治13年創業、明治33年パリ万国博覧会での金牌受賞をはじめにその後も各国で数々の賞をしている世界に誇る七宝メーカー。他はまとめてになってしまいましたが「今後も宜しくお願い致します!」の気持ちを込め買取査定をつけさせて頂きました。

お声掛け頂きありがとう御座いました(´▽`)

リフォーム屋さん、解体屋さん、不動産屋さん、産廃屋さんなどなど業者さんからのご相談大歓迎です。長いお付き合いをさせて頂けるよう目一杯頑張りますので何なりとご相談下さい。

六本木にて加藤卓男の花瓶など作家物陶磁器、贈答品を買い取りさせて頂きました。

 リフォーム前の整理に伴いお声かけ頂きました。物置部屋に仕舞いこまれていた陶磁器、贈答品、油絵など買取りさせて頂きました。お客様ご自身がお買いになった作家物(加藤卓男、藤原雄、島岡達三など)の陶器類5点は個々に査定。その他は量はありましたが良くある贈答品ですのでまとめて買取査定となりました。

碧釉金彩花生 三彩

加藤卓男は1917年に岐阜県多治見市にて父加藤幸兵衛(五代加藤幸兵衛)の長男として生まれ徴兵、広島での被爆、10年に亘る白血病の闘病を経て1965年にフィンランド工芸美術学校に留学。その後、ペルシャ陶器の研究に尽力しラスター彩をはじめ今回買取りさせて頂いた青釉や正倉院三彩などを復元。1995年には重要無形文化財の「三彩」保持者(人間国宝)に認定されました。2005年に亡くなられましたが長男の七代加藤幸兵衛がその作陶技術を継承し現在も活躍されています。

お声かけ頂きありがとう御座いました!

新宿区荒木町のお客様より茶道具などと共にお譲り頂きました十四代酒井田柿右衛門の菓子器(濁手 柿文)です。

 新宿区荒木町のお客様よりご遺品の整理にともない茶道具を買取りさせて頂きました。茶碗から水指、棗、茶掛などと共に買取させて頂いた14代柿右衛門の菓子器(濁手 柿文 隅入方形 菓子器)がこちら。

14代 酒井田柿右衛門 菓子器

こちらは柿右衛門家に江戸時代から残されている土型の一つ「天保九年戌四月酒柿」銘を実際に使用して特別に制作された作品。お米の研ぎ汁のように温かみのある白色の素地を持つことから「濁手」と呼ばれております(「にごし」とは佐賀地方の方言で米の研ぎ汁の意)。

 菓子鉢

写真では巧く表せないのが残念ですが吸い込まれるような綺麗な乳白色、そしてその乳白色に映える色絵、この凛とした美しさは他の磁器には無い温かみを感じます。江戸中期に一度途絶えたこの手法ですが12代、13代柿右衛門により復元され今回買い取りさせて頂きました14代柿右衛門へと受け継がれ、14代は2001年に重要無形文化財(色絵磁器)の保持者(人間国宝)に認定されています(2013年に逝去(享年78歳)、2014年に襲名した15代が当代)。

お声掛け頂きありがとう御座いました!

練馬区石神井公園のお客様より大量の作家物の陶磁器、贈答品と共にお譲り頂きました人間国宝、伊勢崎淳の花生です。

 練馬区石神井公園のお客様より膨大な量になってしまった陶磁器のコレクションを整理しているとの事でお声掛け頂きました。所狭しと並ぶ陶磁器の数々、まずは飾り切れなくなって物置に仕舞いこまれている作品からとの事で本日は物置に仕舞いこまれていた陶磁器や贈答品などを買取りさせて頂きました。

人間国宝 花瓶

写真は備前焼の人間国宝伊勢崎淳の花生です。1998年に兄の伊勢崎満と共に岡山県重要無形文化に認定され岡山県文化賞など受賞多数、のち2004年には重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されています。今回買い取りさせて頂いた花生などの花器から徳利、ぐい呑などの酒器、そして茶碗、茶入など茶器、茶道具まで作品は多岐に渡ります。

お声掛け頂きありがとう御座いました!

東京都中央区のお客様より買取致しました銀製のスプーン、菓子皿、秦蔵六の花入などの贈答品です。

銀製 カトラリー 菓子皿

東京都中央区のお客様よりリフォーム前の整理にてお声かけ頂きました。それぞれのお部屋の天袋や収納に仕舞い込まれた贈答品や茶器、書道の道具、絵画など色々と買い取りさせて頂きました。写真に写っているものは一部ですが純銀で出来たスプーンや菓子皿、カトラリーなどから竹の花籠、右下に見えるのは秦蔵六の青銅の鶴首花入です。

青銅鶴首花入

贈答品と言えどもピンきりで有名な作家物の陶磁器や金属工芸品などは単品で買取り査定がつきます。秦蔵六の初代は京都の鉄瓶で有名な龍文堂で鋳造法を学び、幕末~明治にかけて活躍した鋳金家です。今回、買取させて頂いた作品は共箱の落款が示すとおり四世 秦蔵六の作です。4世秦蔵六は技術保存資格者に認定されており、京都金属工芸協会長を務めるなど昭和期の代表的な鋳金家の一人です。

お声かけ頂きありがとう御座いました!

本日、練馬区の大泉学園店にお持込み頂いた浜田庄司の筒、象彦のお盆など贈答品です。

柿釉 抜絵

まず御一人目は事前にお電話頂いていたお客様、「少量なので」と、わざわざお持ち頂きました。贈答品ですが1点、益子焼の人間国宝、浜田庄司の筒が御座いました。代表的な柿釉で抜絵の「筒」。用途は筆筒でしょうか?花生でしょうか?こちらは1点での買取り査定、その他は恐縮ながら段ボール2箱分まとめての査定となりました。金額をお伝えするとフリーマーケットに出そうか迷ったけどこっちに持ってきて良かった、とのお言葉。ありがとう御座いました!

お二人目、やはり事前にお電話頂いていたお客様の日本刀、三味線をお見積もり。相見積もりを意識して出来る限りの買い取り額を提示させて頂きました。その後、飛び込みのお客様より程度の良いCOACHのトートバックとシャネルのネックレスを買取させて頂きました。

COACH トートバック

続けて歯医者の帰りと言うお客様より金歯、そして今しがたお買い物のついでと言うお客様にお持頂いた可愛らしい指輪を1点買い取りさせて頂きました。古いものを主に取り扱いしていますが再販可能なものであれば幅広く買取させて頂きますので何なりとお問い合わせ下さい。

金歯 10金

不在がちな大泉学園店ですが本日はタイミング良く皆様をお迎えすることが出来きました。ただ、担当者の不在が多くお客様に無駄足となってしまうと申し訳ありませんのでお持込みの際は事前にお電話頂けますようお願い致します。

ありがとう御座いました!

 

杉並区永福町のお客様より買取させて頂きました金蒔絵が素晴らしい輪島塗の会席膳です。

 ご実家の売却に伴いお声かけ頂きました。値段の付くものは出来るだけ買取りお願いします、とのことで色々と拝見させて頂きました。中でもお客様と共にこれは良いですね!と暫し眼を奪われたのが輪島塗の会席膳。

川端 金蒔絵

十客全てに見事な菊花の金蒔絵、煌びやかで使うのも憚られるような気がしますが実際、使用された形跡が殆ど御座いません。内袋のたラベルを見ると明治期の物のようです。漆器は反りやキズ、蒔絵の剥がれなど経年にともなう傷みのあるものが多いのですがこちらは全くそう言った傷みも無く時代を感じさせない素晴らしい状態。

金蒔絵 ラベル

目一杯の買取査定を付けさせて頂きました。その他、時代家具、雛人形、茶道具、掛け軸、唐木の硯箱など買い取りさせて頂きました。お声掛け頂きありがとう御座いました!

東京都三鷹市のお客様より島岡達三の皿、北村西望のレリーフ、大国銘の鉄瓶などを買取致しました。

 家屋解体にともないお声掛け頂きました。島岡達三の皿や北村西望のレリーフ、岩田久利のガラス花瓶など作家物から大国造の鉄瓶、今右衛門の花瓶、ボヘミアのカットガラスの花瓶など大量の贈答品を買取させて頂きました。

島岡達三 北村西望 大国鉄瓶 岩田久利

島岡達三は食器棚から日用雑器とともに出てきたもので残念ながら箱は御座いませんでした。1枚はシンプルな象嵌皿、写真に写っているもう1枚は可愛らしい赤絵の草花が描かれたお皿でした。

島岡達三(1919年~2007年)

略歴
1919年 東京都に3代続いた組紐師、島岡米吉の長男として生まれる。
1939年 東京工業大学窯業学科に入学する。
1940年 濱田庄司を訪れ卒業後の入門を許可される。
1941年 太平洋戦争勃発のため東京工業大学窯業学科を繰り上げ卒業する。
1946年 復員、濱田庄司の門下となる。
1948年 土方冨美子と結婚する。
1950年 栃木県窯業指導所に勤務する。
      白崎俊次の古代土器標本複製、作成に協力する。
1953年 益子に築窯する。
1962年 日本民藝新作展にて日本民藝館賞を受賞する。
1968年 ロングビーチ州立大学、サンディエゴ州立大学の夏期講座に
      招かれ渡米、ヨーロッパを歴訪し帰国する。
1971年 第一回日本陶芸展に推薦招待出品する(以降、毎年出品)。
1973年 第一回中日本国際陶芸展に招待出品(以降、毎回出品)。
1978年 国画会会員になる。
1980年 栃木県文化功労賞を受賞する。
1994年 日本陶芸協会・金賞を受賞する。
1996年 民藝陶器(縄文象嵌)にて国指定重要無形文化財保持者
      (人間国宝)に認定される。
1999年 勲四等旭日小綬章を受章する。
2000年 中国北京故宮博物院に日本人陶芸家で初めて作品2点を寄贈する。
2002年 栃木県名誉県民第一号を授与される。
2007年 逝去。享年88歳。

練馬区豊玉のお客様より船木研児の飾り皿などを買取り致しました。

 遺品整理のさいにタイミングよく当店のチラシをご覧頂いたそうでお声掛け頂きました。陶磁器やタオル・毛布などの贈答品を多数、そして一番奥の納戸から出て来た古い家具や電笠、そしてタイトルの船木研児の絵皿、ロダンのブロンズ像(縮小複製品)など色々と買取させて頂きました。しきりと未使用の贈答品の方が値が付くと思ってたと驚いていたご主人、運び出しまでお手伝い頂きありがとう御座いました!

皿 黄釉 民藝 
船木研児(1927年~)

布志名焼の窯元、島根県指定重要無形文化財保持者の船木道忠の長男として生まれ布志名焼の黄釉とスリップウェアの技法を組み合わせた作品が多い。父、道忠が抽象的な紋様を得意としていたのに対し研児は具象的な絵柄が多く今回買い取りさせて頂いた鳥の絵に始まり鹿や梟、人物などの飾り皿が多く見られます。

略歴紹介
1927年 島根県で生まれる。
1945年 島根県師範学校本科を中退し父、道忠の作陶を助ける。
1950年 栃木県益子を訪れ濱田庄司に師事する。
      日本民芸館賞を受賞する。      
1959年 日本陶磁協会賞を受賞する。
1967年 イギリスのバーナード・リーリ工房にて研修を受ける。
1969年 日本陶磁協会賞を受賞する。
1986年 第3回茶の湯造形展にて奨励賞を受賞する。
1995年 第12回田部美術館大賞展にて優秀賞を 受賞する。

 

立川市曙町にて買取り致しました杉本貞光(立花大亀書付)の花入です。

 先日買取りさせて頂きました信楽焼の名工、杉本貞光の花入です。素朴でいて荒々しい素地に自然釉がかかり部分的に黒褐色の焦げ、背面にはあかく焼けた火色など信楽の特徴が良く見て取れる花入です。杉本貞光が教えを受けたと言う大徳寺の立花大亀による箱書です。

立花大亀書付 信楽焼
杉本貞光(1935年~)

略歴
1935年 東京に生まれる
1968年 信楽山中に穴窯を築窯し茶陶信楽とレリーフの制作を開始する。
1974年 大徳寺立花大亀老師より指導を受ける
    沖縄海洋博にレリーフを制作する。
1979年 茶陶伊賀の研究、制作をする。
    大徳寺・如意庵、東京・日本橋など各地で個展を開く。
1981年 長次郎風の黒茶碗、光悦風の赤茶碗の研究制作をする
1985年 高麗物、井戸、粉引の研究、制作をする
1991年 ロックフェラーセンター・ギャラリーゼロにてアメリカ初の個展を開く
1992年 湯木美術館に作品が収蔵される。
1993年 井戸・粉引・高麗物を制作、発表する。
     ミュンヘン・ギャラリーフレッドハーンスタジオにてドイツ初の個展を開く
1994年 アメリカ、エール大学美術館に作品が収蔵される。
1995年 自然灰釉による彫塑を制作する
1999年 古信楽土を発見する。
2000年 古信楽土再発見及び研究、制作発表する。
2002年 京都・建仁寺晋山記念として井戸茶碗を献納する。
2003年 韓日陶芸展に招待出品し、作品が収蔵される。

2005年 滋賀県立陶芸の森陶芸館に作品が収蔵される。
2006年 伊賀焼専用の穴窯を築窯する。
2008年 アメリカ、クラーク日本美術・文化研究センター館に作品が収蔵される。
2011年 蕎麦、伊羅保の制作完成し野村美術館にて個展を開く。
2012年 アメリカ、ロサンゼルス・カウンティ美術館に作品が展示される。

東京都立川市のお客様より金城次郎の大壷などをお売り頂きました。

 遺品整理にともないお声掛け頂きました。40点以上の焼き物の他、亀文堂の鉄瓶、花梨材の座卓などを買取りさせて頂きました。備前焼、信楽焼がお好きだったようで殆どがそれらの近代作家の物。一点でそれなりの評価が付いたのは表題にある金城次郎の壷、そして杉本貞光の信楽焼の花入。

それでも量がありましたので個々に査定をし合計すると結構な金額となり不用品の片付け費用が賄えそうだと仰っておりました。こちらも大量の入荷、嬉しい限りです。お声掛け頂きありがとう御座いました!

人間国宝 壷屋焼 壷屋三人衆
金城次郎(1912年~2004年)

略歴
1912年 沖縄県に生まれる。
1924年 那覇市壺屋の新垣栄徳の製陶所に入門する。
1939年 「工藝」にて紹介される。
1946年 那覇市壺屋に独立し工房を開く。
1954年 新垣栄三郎と陶芸二人展を開催する。
1955年 第29回国展に初入選する。
1956年 第30回国展にて新人賞を受賞する。
1957年 第31回国展にて国画会賞を受賞、会友となる。
1958年 ルーマニア国立民芸博物館に「抱瓶」、「魚紋大皿」の2点が収蔵される。
1966年 明治神宮例大祭奉祝第4回全国特産物奉献式に「長型花瓶」を献納する。
1969年 日本民藝館展にて日本民藝館賞を受賞する。
1971年 第1回日本陶芸展に入選する。
1972年 沖縄県無形文化財に認定される。
1973年 国展会員となる。
1974年 沖縄県指定無形文化財工芸展に出品する。
1977年 現代の名工労働大臣賞に表彰される。
1981年 勲六等瑞宝章を授章する。
1985年 重要無形文化財(人間国宝)「琉球陶器」保持者に認定される。
1993年 勲四等瑞宝章授章。
2004年 死去。享年92歳。

西東京市中町でお譲り頂いた人間国宝の高橋敬典の筒釜、鉄瓶のご紹介です。

 先日買取りさせて頂きましたお茶道具の一つ、人間国宝高橋敬典の釜、鉄瓶のご紹介です。買取をしていても比較的良く出会う釜師の一人でその人気が窺い知れます。どちらも少々錆は御座いますが使用感の少ないお品でした。

筒釜 雲龍紋 浜松地紋

釜の方は雲龍釜と呼ばれる釜で、その名の表すとおり胴部分に雲に乗って昇天する龍が鋳出されております。姿は筒型、大中小のサイズがありますがこちらは中になります。共蓋に付いた掻立の摘も特徴の一つでしょうか。鉄瓶の方は山形の鉄瓶でよく見る意匠の一つ、浜松地紋が鋳出された真形で、銅蓋の付いた鉄瓶です。

高橋敬典(1920~2009年)

略歴
1920年 山形市に生まれる。
1938年 家業の鋳物業を継ぎ茶釜制作に打ち込む。
1951年 日展で初入選する。以降、7回入選。
1961年 昭和天皇の山形県行幸に際し釜を献上する。
1963年 日本伝統工芸展奨励賞を受賞する。
1972年 日本伝統工芸展監査委員となる。
1979年 皇太子明仁親王殿下(今上天皇)の山形県行啓で釜を献上する。
1992年 勲四等瑞宝章を受章する。
1996年 重要無形文化財(人間国宝)「茶の湯釜」保持者に認定される。
2009年 死去 89歳。

釜師敬典の作品、喜んで買い取りさせて頂きます!

東京都練馬区のお客様より純銀火屋の香炉(清水六兵衛)などをお売り頂きました。

 練馬区石神井町のお客さまより遺品の整理にともないお声掛け頂きました。五代清水六兵衛の香炉(銀火屋)をはじめ数十年は押入れに仕舞い込まれていたという陶磁器などの贈答品を多数買取りさせて頂きました。

鉄釉 銀火屋

火屋には銀特有の変色が見られますが使用された形跡の無い非常に状態の良い香炉です。

清水六兵衛 香炉

透かし彫りで草花紋を施された純銀の火屋が素敵です!ありがとう御座いました!

清水六兵衛
京焼の窯元の一つで江戸後期に初代 清水六兵衛が京都五条坂に開窯する。初代~三代は古藤六兵衛、 三代の時に清水六兵衛(しみずろくべえ)に改め五代の時に読みを現在の「きよみず」に改めた。当代で8代目。各代が先代の作風を受け継ぐのではなくそれぞれの代が独自の作風で作陶している。

五代清水六兵衛(清水六和)(1875年~1959年)
略歴紹介
1913年 五代清水六兵衛を襲名する。
1922年 フランス・サロン会員になる。
1927年 帝展審査委員に就任する。
1928年 緑綬褒章を受章する。
1930年 帝国美術院会員になる。
1931年 フランスよりエトワール・ノワール勲章を受賞する。
1937年 帝国芸術院会員になる。
1945年 六和と改名し長男に家督を譲る。
1959年 死去 85歳。

 

豊島区千川のお客様より花入(備前 藤原啓)などを買い受け致しました。

 豊島区千川のお客様より御遺品の整理にともないお声かけ頂きました。点数はさほど御座いませんでしたが人間国宝、藤原啓の花入をはじめ作家物の陶磁器を買取りさせて頂きました。

備前 人間国宝
藤原啓(1899年~1983年)

略歴紹介
本名、敬二。長男に藤原雄、次男に藤原敬介(きょうすけ)。
1989年 岡山県備前市に生まれる。
1915年 博文館「文章世界」に短文を投稿し1等賞受賞する。
1919年 代用教員を経て、上京、博文館編集部に勤務する。
1922年 詩集「夕の哀しみ」を出版する。
      川端洋画研究所にてデッサンを学ぶ。
1924年 詩集「壊滅の都市」を出版する。
1927年 日活映画脚本部に勤務する。
1928年 「ハイネの訳詩集」を出版する。
1930年 フリーの文筆家として生活する。
1937年 岡山県へ帰郷する。
1938年 三村梅景より陶芸の手解きを受ける。
      備前市穂波に築窯。
1941年 金重陶陽に指導を受ける。
1948年 備前焼の技術保存者(丸技)に指定される。
1949年 岡山県文化連盟賞を受賞する。
1956年 第3回日本伝統工芸展に出品する。
      日本工芸会正会員となる。
1957年 岡山県無形文化財保持者に認定される。
1958年 日本工芸会理事に就任する。
1962年 第3回プラハ国際陶芸展にて金賞を受賞する。
1963年 山陽文化賞、岡山県文化賞、中国文化賞をそれぞれ受賞する。
1970年 重要無形文化財(備前焼)保持者(人間国宝)に認定される。
1971年 勲四等旭日小綬章を受章する。
1976年 備前市名誉市民となる。
1977年 財団法人藤原啓記念館を設立する。
1981年 岡山県名誉県民となる。
1983年 死去。勲三等瑞宝章を受章する。

お声かけ頂きありがとう御座いました!

中島宏、酒井田正(14代柿右衛門)、丸田正美の寄せ盃など贈答品をお持込み頂きました。

 大泉学園店に陶磁器など作家物の贈答品、掛軸などをお持込み頂きました。通勤で当店の前を通るそうで当店が開いている時に持ち込もうと思いこの1週間ほど車に積んだまま往復されていたとの事、中々タイミングが合わなかったようで大変恐縮です。

中島宏 酒井田正

全て近代の作家物など新しい物ですが中島宏、酒井田正、丸田正美の作品を集めたぐい呑セット、湯呑セットが御座いました。こちらは中島氏、酒井田氏とも人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定される前の作品になります。酒井田氏は14代柿右衛門を襲名するより前ですので1970~80年辺りの作品になるかと思います。

中島宏 14代柿右衛門 丸田正美

ぐい呑。3作3様、どれも素敵ですね。元の価格は湯呑の方が高かったはずですが古物市場での価格は湯呑よりもコレクターの居るぐい呑の方が高いです。需要と供給、その市場原理を表していて面白いですね。

お持込み頂く場合は事前にお電話頂けるとスムーズに対応させて頂けます。メールでもお受けしていますのでお気軽にお問い合わせください。ありがとう御座いました。

神奈川県相模原市にて益子焼花瓶(浜田庄司)などをお売り頂きました。

 遺品の整理のためお声かけ頂きました。コレクションされていたわけではないそうですが益子焼がお好きだったようで益子焼の花器や器が多数ありました。無名から有名作家までさまざまありましたがやはりこの方、人間国宝浜田庄司の掛分耳付花瓶は大切に飾られておりました。

浜田庄司 耳付花瓶

浜田庄司 略歴
1894年 神奈川県で生まれる。
1913年 東京府立一中を卒業後、東京高等工業学校窯業科に入学し板谷波山に学ぶ。
1916年 卒業後、京都陶磁器試験場に入り、河井寛次郎と共に釉薬の研究にあたる。
1920年 帰国するバーナード・リーチに同行し英国へ渡り、同氏と共同し築窯、作陶する。
1923年 ロンドンにて個展を開催し、成功を収める。
1924年 帰国、しばらくは沖縄の壷屋窯などで学ぶ。
1926年 日本民藝美術館設立趣意書の起草に参加する。
1930年 かてより関心を寄せていた益子焼の産地、栃木県益子に移住し作陶を開始する。
1955年 民芸陶器にて重要無形文化財(人間国宝)に認定される。
1961年 柳宗悦の没後、日本民藝館の第二館長に就任する。
1964年 紫綬褒章を受章する。
1968年 文化勲章を受章する。
1977年 自ら蒐集した国内外の民芸品を展示した益子参考館を開館する。
1978年 死去。享年83歳。

沢山の名品をお売り頂きありがとう御座いました。